【小説】ブログの女
【説明】
アフィリエイターを目指す一人の主婦が、孤独と闘いながらブログを書き続ける。
そして、女が最後に気付いた事とは・・・
【本文】
私は専業主婦。
子供はまだおらず、夫と二人で暮らしてる。
生活費の足しになればとアフィリエイトに興味を持ち、ブログを始めた。
ブログの内容は拙い物で、日常で起こった事を綴る日記のような物。
最初はアクセス数も1日10くらいだったけど、一月後には記事を5本書いて、1日30に増えた。
まだアフィリエイトの審査も通ってなくて収入にするには程遠いけど、
『このまま勢いが付けばいつか審査も通って、これだけで暮らして行けるようになるのかなぁ?夫の収入越えたらどうしよう!うふふ!』
なんて、ありがちな夢を見ている。
「え、アフィリエイトの審査って日記みたいに書いてても通らないの?」
ネットで調べて分かった事だ。
全く通らない訳ではないみたいだが、閲覧者にとって有益で購買意欲を掻き立てるような記事でないと審査は通りづらいらしい。
資格取得やビジネス、料理とか、育児について書いた記事などを観て、必要性が発生する商品を購入するように仕向けるのがアフィリエイトだ。
私みたいに、道端ですれ違ったおばあさんが優しかった、というような日常の日記を読んでも、そりゃ購買意欲には繋がらない。
よくよく考えれば納得する理由で落とされていたんだなと愕然とした。
「このままじゃダメだ。もっとみんなが必要としてるものを書かないと、しかも読んでくれるように面白くないと・・・」
ブログを商業化に向けた計画が動き出した。
日記ではなく、商品を紹介する事を中心にした。
もちろんまだ広告収入を得られる訳ではないから、あくまでも『こんな風にあなたの商品を紹介させて頂きますよ』とアピールする為だ。
自分が使っていた美顔器具の効果をレビューしてみたり、調理道具のおすすめをしてみたり、家の中にある物を引っ張り出して、良さげな物を片っ端から紹介していった。
そうしてる内に一月が経った。
「あ・・・読者外されてる」
ブログを始めた頃に読者になってくれた人から外されているのに気が付いた。他にも初期の人が何人か読者から外れていた。
「まぁ、ジャンル変わったからしょうがないよね。その代わり、新しく読んでくれてる人増えたし」
私のブログにはもう優しいおばあちゃんは出てこない。
アクセスは一日平均50は来るようになったし、多い日は200人を超えた。
商品をひたすら紹介するだけのブログだが、順調に突き進んでいる。
そう思っていた。
『ブログ初めて一ヶ月!本日アクセス100突破しました!!感謝です!!』
どっかの新人ブロガーがTwitterでそうコメントしていた。
いったいどこをどうすればそんな数字を出せるのか、私と何が違うのか。
200で達成感を感じていた自分が一気に馬鹿らしくなった。
自分がまだまだだという事は分かっているけど、同じ新人でこの差はない。
対抗心でどんなブログを書いているのか覗きに行った。
日常を綴った他愛もない記事だ。
最初に私が書いていたような、そんな記事。
だけど、私と違っていたのはそんな他愛もない記事の中にもちゃんと著者なりの考えがあって、物事を分析して答えを出している所だ。
電車通勤が億劫な人が快適に通勤出来る方法など、○○線の混雑状況を時間帯で区切って分かり易く表にしていたり、満員電車でも息苦しくない呼吸法を取り上げていた。
しかも電車内で聴く曲やワイヤレスイヤホンを紹介してアフィリエイト収入も得ているようだ。
惹き込まれた。面白い。
勝手にライバル視していたが、素直にそう思った。
「私まだまだダメだ。もっと頑張んないと・・・」
私は紹介する商品をリサーチする事にした。
自分で使ってみた感想だけじゃなく、他人のレビューも読んでみて、自分じゃ気付かなかった良し悪しを併せてみた。
そうする内に手元に無い商品も紹介するようになり、商品を扱う会社に連絡して聞いたり店に行ってお客さんからの評判を店員に聞いたり、自分じゃ分からない事は徹底的に調べた。
「あれ、ご飯は?」
帰ってきた夫が開口一番にそう言った。
気付いたら20時になっていた。
私は居間に置いたノートパソコンに向かって、ブログを書いている最中だった。
「ごめん、ちょっと待って。後三行くらいで終わるから」
「何、またずっと書いてたの?最近多くない?」
「昨日リサーチで時間掛かって更新出来なかったから、今日中に更新しないと・・・」
私は呟くようにそう言った。
夫はため息を付いてトイレに向かった。
だと思ったら突然バタバタと戻って来た。
「なんだよおまえ、洗濯物も溜まってんじゃないかよ!昨日出来なかったから今日やるって言ってただろ!」
「ごめん、時間なくて。明日やるから・・・」
「ブログ書いてただけだろ!もう一週間分溜まってんだぞ!なんとも思わないのかよ!」
「・・・さい」
「は?」
「うるさいっ!!」
私がそう言うと夫は驚いたように静った。
「昨日更新出来なかったからアクセス数が伸びなかったのよ!!
たったの15よ!?15ッ!!
今日だってほら!この時間でも5しか付いてない!!
更新しないとすぐに読者が離れて行くのよ!
話は後で聞くから今は静かにしてて!!」
私はヒステリックにそれだけ言うとまたパソコンに向かった。
後ろの方でため息が聞こえ、「何か買ってくる」とぼそりと言った後、扉が閉まる音がした。
翌日、アクセス数は思ったより伸びなかった。
「五十・・・はち?」
更新した時間帯が悪かったのかも知れない。
タイトルが皆の興味を引かなかったのかも知れない。
様々な原因を探ってる最中に、私は涙が溢れた。
Twitterにも投稿して、宣伝している。300人いるフォロワーには届いてるはずだ。
それなのに、ほとんど観てくれていない。
それどころか、アクセス数が少しづつ減って来ている・・・。
読者が私から離れて行く。
私がどんなに頑張っても、無駄なんだ・・・。
辛い・・・辛い辛い辛い・・・!!!
何がいけないの?
どうして誰も観てくれないの?
私は子供のように泣きじゃくった。
もっと頑張らないと、面白い記事を書いてみんなに読んで貰えるようにしないと。
このままじゃダメなんだ。
もっと、もっと・・・
「どうしたんだよ?」
夫が帰ってきた。
夜6時、いつもより早い。
泣いている私に近づき、傍のノートパソコンに目を向ける。
「またブログか・・・」
いつもの呆れたようなため息が聞こえてくる。
「もうおまえブログ止めろよ。
アフィリエイトの申請だってまだ通ってないんだろ?
契約してる訳でも無いのに商品紹介し続けてもしょうがないだろ。
最初は日記みたいなの書いてて、楽しそうにしてたから俺も別に良いかなって思ってたけど、こんなにしんどいんだったら続ける意味ないだろ?」
穏やかな夫の言葉が突き刺さる。
確かに夫の言うとおりだ。
だけど・・・
「そうじゃない・・・そうじゃないの・・・っ!」
私は泣きながら言葉を発する。
当初、アフィリエイト収入を夢見ていた。それは今でも変わらない。
だけど、それはすでに二の次になっている。
ブログは記事に興味をある人しか読まない。その事実が私を苦しめた。
誰も私を見てくれない。
それは私には何も無いから。
既存の商品にすがりながらじゃないと満足に記事も書けない。
「空っぽなのよ、私は・・・
他のブロガーみたいに話が面白い訳でも無いし、ネタが多い訳でもない。
すぐネタ切れを起こして、飽きられる・・・」
それが、こんなに悔しい事だと思わなった・・・。
この気持ちが今私がブログを書く意味になっていた。
「こんな所で止められない。みんなが見てくれるように、頑張んないと。
ずっと空っぽのままだ・・・」
呟くように言って、パソコンに向かった。
泣きながら、ネタがある訳でも無いのに、ただ書いた。
文字もバラバラで辻褄も合わない。
おかしな文章を並べていた。
いつの間にか、夫は部屋から出て行った。
また何か買いに行ったのかも知れない。
数日後・・・
アクセス数は相変わらず伸びない。
「これ・・・削除しないと。あ、これも・・・」
所々おかしな文章を載せ続けていたら、読者もだいぶ減ってしまった。
数日分の記事もすべて無駄になってしまった。
「何やってんだろ・・・」
ソファーに寝転がって天井を見る。
そういえば、夫はどこに行ったんだろ。
今日は休みなのに朝から出掛けていない。
どこか行き先を言ってた気もするが、良く覚えていない。
「酷い事してるよね・・・」
夫に対しての罪悪感が込み上げてくる。
それと同時に自分の不甲斐なさが並行する。
「・・・・・・・っ」
また涙が込み上げてきた・・・
辛い・・・
この気持ちをどこかに吐き出さないと、潰れてしまいそうだ。
私はTwitterにただ一言だけ『つらい』と呟いた。
どうせ誰も見ていない。数多ある呟きの中に埋もれて行くだけだ。
しばらくボーッとしていると、メールの着信音が鳴った。
Twitterにダイレクトメッセージが届いたお知らせだ。
「・・・メッセージが届くの初めてかも」
ブログの宣伝の為に始めたTwitterだが、あまり交流はしてなかった。
私は嬉しさと同時に恐ろしさが込み上げてきた。
醜態を晒したばかりで、どんな反応があるか分からない。
私はパソコンに向かいTwitterを立ち上げ、深呼吸をしてからメッセージを開いた。
メッセージの主は『赤波』という人だ。
私はこの人物を良く知っている。
前にTwitterでアクセス数1000突破と呟いていたのが赤波だ。
今ではその3倍以上は人気になっているはず。
『こんにちわ。
初めまして、赤波と申します。
いつもブログ楽しく拝見しています。
ブログには『カナブン』という名前で読者付けさせて頂いてます。』
「カナブンさん?」
カナブン、それは私がブログを始めて一番初めに読者になってくれた人だ。
初期の読者に外されていく中で、唯一外さないでいてくれた。
私のブログを最初っから観ていてくれた人・・・。
『僕も今、ブログを書いてます。
別のサイトで書いているので、知っているか分かりませんが・・・。
僕のブログはここだけの話、あなたのブログを参考にさせて頂いています。
日常に起こった出来事を優しい目線で記事にする、そんな記事を僕も目指しています。
優しいおばあちゃんが財布を落としたサラリーマンを全力疾走で追いかけて行った話は僕の中でナンバーワンです。今でも思い出しては笑います。牛乳飲んでいる時は、絶対に思い出さないようにしています(笑)
Twitterに「つらい」と呟いていましたが、大丈夫ですか?
心配でメッセージを送らせて頂きました。』
この時になってようやく私の事を心配してくれたんだと気付いた。
思わず涙が零れた。
ちゃんと私の事を見てくれる人がいたんだ。
しかもその人は私が勝手にライバル視していた人で、最初の読者。
複雑な想いはあるけれど、嬉しさが勝ち、
私は赤波さんに返事を書く事にした。
『ご心配頂きありがとうございます。
ブログのアクセス数ががなかなか伸びなくてつい愚痴ってしまいました。
大丈夫です。』
そうメッセージを送ると、私はティッシュで涙を拭いた。
その間に赤波さんから返信が来た。
『ブログの書き方に迷っているんですか?
僕もブログを書く時に本当にこれで良いのかなっていつも怯えながら投稿します。
でも、幸福なことに、たくさんの読者さんがそんな稚拙な文章を読んでくれます。
そのおかげで、僕はブログを続けていけます。
あなたもそうじゃないですか?
僕みたいなあなたのファンがたくさんいるはずですよ。』
私は読者が離れて行った時に、ジャンルが変わったから仕方ないと切り捨てた冷たい人間だ。
赤波さんのように読者の事なんて考えてなかったのかも知れない。
『そう言ってくれたのは赤波さんだけです。
読者様どころか、私は身近にいる夫の事まで蔑ろにして身勝手に記事を書いてました。
・・・反省しなくちゃいけませんね。
赤波さんには素敵な読者様がいて羨ましいです。』
私がそうメッセージを送ると、すぐに返信が来た。
『・・・あれ?もしかして、気付いてないんですか?』
・・・?・・・なんだ?
私は怪訝な表情を浮かべた。
『あなたが書き込んだTwitterに、たくさんの返信が来てますよ!』
「返信?」
言われてTwitterに溜まった通知を見た。
ききらん
『「つらい」?!どうしたんですか!大丈夫ですか!!』
メントス女
『相談乗るよ!応援してる人がつらいなんて悲しいよ!( ;∀;)』
まだ飽きない掃除機
『ブログいつも見てます。紹介してくれた掃除機の吸引力にまだ飽きる事がありません。話は変わって、どうしましたか?』
河童サラダ
『いつも応援しているっぱ!あんなに楽しいブログ書いてる人がつらいなんてダメッぱ!元気出すっぱ!!』
次から次へとコメントがやってくる。
「こ・・・こんなに・・・?」
私は驚きつつ、返事を返した。
『皆さんご心配お掛けしてすみません。
ブログの事でちょっと悩んでしまって、たくさんの励ましありがとうございます。』
すると呟いた次の瞬間、すぐに返信がやって来た。
あかね
『商品買いましたよ!ご紹介の通りホントに良い商品です!
また参考にさせて頂きます!』
朱雀CHUN
『楽しい日記を拝見後の感想。腹がよじれて血を吐いた。』
YOKIKI
『よく細かい事までリサーチしてるなって、いつも感心してます。
洗濯機の商品紹介で振動がどれぐらいあるかなんてネットで調べても出てこないのに。素晴らしいリサーチ力です(拍手)』
メガネクラッシャー
『メガネの特集とか期待してます』
海猫
『ずっと読んでます!公園で転んだ子供がずっと無表情だった話とか好きです!・・・ぷぷ!』
ブログやって3年の配偶者
『初見ですけど、読んで大笑いしました。
私より面白いのに何を悩む必要があるんですか?』
河童サラダ
『最初に読み始めたのは二ヶ月前でした。
当時僕は社会に出たてのひよっこで、うまくいかない事ばかり。
毎日辛い思いをしていました。
そんな中であなたのブログを読んで、日常に転がる幸せに気付き感動しました。
狭苦しい世界が、急に広くなったような気がしました。
本当に感謝しています。』
河童サラダ
『・・・っぱ』
涙が止まらない。
画面から目を離す事が出来なかった。
こんなにも読んでくれている人いたのかと、応援してくれている人がいたのかと、涙を拭く時間すら惜しいほど、コメントの一言一言にかぶり付いた。
赤波さんからいつの間にかダイレクトメッセージが届いた。
『素敵な読者さんたちですね。
自信を持って、ブログを書いてください。
きっと旦那さんも、楽しんで書けば喜んで応援してくれると思いますよ。
また、更新するの楽しみにしています。』
赤波さんのメッセージはこれで終わった。
「ただいまー」
夕方くらいに旦那が帰ってきた。
「おかえり!」
私は夕飯の準備をしながら応えた。
「お、なんか今日は機嫌良いな?何かあったか?」
「ううん、別に、何でもないよ!それより、どこ行ってたの?」
「え?知り合いが店を出すからお祝いに行くって言っただろ?まぁ、あの時おまえボーとしてたもんな」
夫が小さくため息を付く。
私はそれに「へへへ」と返した。
夫は冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いで飲み始めた。
それを尻目に私は言った。
「優しいおばあちゃん!」
すると夫は盛大に牛乳を噴き出した。
「ゴッホゴホッ!!!な、なんだよお前急に!
止めろよ!飲んでる時はそれ思い出さないようにしてんだから!」
「全速力でサラリーマン追いかける~♪」
私は歌った。
「ブッククク・・・ッ!」
「あは・・あはは!」
なんか久々に夫と笑った気がした。
その日の夜、
アフィリエイトの審査が通ったというメールが届いた。
私はそのメールを見て、しかめっ面をして見せた。
「バカめ・・・!これさえ通れば後は好きな物書ける!」
ニヤリと笑って私は記事を書き始めた。
出だしはこうだ・・・
『今日、素敵な事がありました。
たくさんの繋がりが感じられた瞬間でした。』
ーおわりー